この症例は、1967年に病院精神医学会で報告し、論文としては1968年の人文論及に掲載されているものです。
対象は32歳の女性のクライエントで、慢性の統合失調症として入院生活を続けていました。
当時、統合失調症に対する主たる治療は、ロボトミーか電撃療法で、多くの患者さんは独房に幽閉され、生涯をそこで過ごすのが普通でした。
その患者さんは、7年間、座位の姿勢で身体を移動させることも無く座り続けていた為に、両下肢に廃用性萎縮を生じ、一次性症状は治まっていたものの、常同行動、無感動、無為など荒廃状態が続いていました。
手続きとしてはオペラントを用い、約3ヶ月の後には座位の姿勢のままであっても歩行が可能になり、食堂への参加、集団療法への参加が可能になった症例です。
もう一つの症例は、25歳男性の統合失調症患者で、長年の入院生活のうちに言語によるコミュニケーションを完全に喪失していた状態にありましたが、33セッション、約4ヶ月の訓練を経てスピーチが再生できた例です。
先の症例では、7年間の追跡調査により、適応状態が保持されていることが確認されました。
男性の患者では、日常の応答は「ハイ」「イイエ」程度のスピーチは維持されてはいましたが、言語による充分なやり取りは消失してしまっていました。
考えてみれば、わたしがその病院に居る限り、発語に対する強化は続けられていたのですが、わたしが居なくなってからは誰も強化をしてくれていなかったのです。
わたしが統合失調症から自閉症児に臨床の対象を移したのは、同じ脳の障害であるとしても、幼児や児童であれば、脳の中で損傷がそれほど明確でない部分に出来るだけ早期に働きかけることによって、健常な部分の働きを高め、不良な部分の働きを補填することが可能であると考えたからです。
1960年代としては、珍しくその病院には院内工場が設立され、患者さん達が社会復帰するに際して社会と病院の環境の極度な違いを生じないような方略を取り入れていたのです。
これが後にフリーオペラント技法の開発につながり、包括式フリ−オペラント技法に発展する切っ掛けとなったのです。